緑内障になった父が治療のため静岡県に赴かなければならなかった理由

緑内障はなったら一生付き合っていく病気

父が突然緑内障になり手術することに緑内障はなったら一生付き合っていく病気東日本大震災の直後だったが無事に入院できてよかった

そんな自分が最近になって知った事があり、まさに寝耳に水でした。
実は父が眼科クリニックに入院した際に他県への治療を提案されていたらしく、静岡県や東京都など関東や中部地方のクリニックを紹介されていたと聞きました。
「それだけ重い病気だったのか」とヒヤリとしましたが、真相は全く違います。
実は父が入院したのは2011年4月頃、東日本大震災の爪痕がまだ癒えない時期でした。
乳が入院した眼科クリニックは2つの町をまたいだ距離にあるクリニックで、いかにも町の眼科といったような医院です。
小さいながらも診察だけでなく、入院も兼ね備えているクリニックに2回から3回ほど父の見舞いのために赴いた事がありましたが、あまり病院とは縁のない自分でも感じられるほどにどこか空虚感がありました。

例えるならこれから引っ越し作業をするような雰囲気で、看護師さんやお医者さん、それに入院患者もいるのに物資が足りていないような妙な緊張感と空白感があった事を覚えています。
実際にと言うべきか、他県への治療を打ち明けられる前に父は繰り返し「食事が違った」とこぼしていたものです。
1年ほど前に風邪をこじらせて気管支炎を引き起こした父は別の病院に入院しましたが、その病院で出された食事と東日本大震災の直後に入院した眼科クリニックで出された食事は全く違い、あまりの違いに驚いたと言います。